ナルサス漫画「ぼくだけのきみ」過去世篇~ひとつぶの涙・第1章~その1

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★「ぼくだけのきみ」ナルト&サスケの過去世、江戸時代末期に生きた鳴門と佐助の物語。

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(その2へ続く)

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こんにちは、あとくろですっ(/・ω・)/ いつか描きたいと思ってた「ぼくだけのきみ」のナルト&サスケの過去世の物語、スタートしました~


過去世の有無については人それぞれ信じる信じないがあると思うけど、時代劇を描いてみたかったのでここでは二人の過去世という設定にしてみた。時代劇と言いつつも時代背景の設定や装束などの風俗の描写なんかは史実に忠実ではなく、いつもながら実に大まか^^; いちゃらぶシーンが何より重要で主体なんで、少しずつ維新の動乱へ向けて動き始めている時代を象徴するかのような人物や背景なんかが登場しつつ、いつもの通りフィクション全開の展開 モブには相変わらず愛がナイ まぁ服装や髪型がなんとなくそれっぽけりゃいーかっっ ・・・とゆー程度なんで、いつも通りの画とストーリー展開になると思いマス~(笑) 


あらすじは、鳴門は日輪寺に身を寄せる孤児の小坊主、佐助は里の領主の息子で幼馴染。年頃になった時、衆道の契りを結んだ仲 やがて陰謀に翻弄されて別れ、そして再会、Ep-4「しるし」の昔語りのシーンで描いた鞍馬山で鳴門が妖狐・九尾と出逢うまで。途中から佐助は女装姿で登場し、ラスト近くで鳴門を置いて死にます・・・ ストーリーを考えるうち、「しるし」を描いた時とは設定に若干の変更・ズレがあるかもなのはご容赦 哀しい物語になると思うんで予めご了承ください 


江戸時代と一口に言ってもおよそ300年、細かく掘り下げれば前期・中期・後期で風俗的な事にも違いはあるのだが、ここでは当時の大体の雰囲気が画からくみ取ってもらえればいいかなぁという程度にしている。また、井原西鶴の「男色大鑑」(漫画化されてるが西鶴の原文のほう)など江戸時代の色事事情か書かれた書籍も参考にした。「男色大鑑」は短編集で、ほとんどが武士や芝居役者が主人公。大衆向けのもので、現代に例えていえば一般市民が皇室・政治・芸能界の人々の一挙一動に興味津々なように、当時の彼らにとってはそういったベールの向こう側に垣間見える世界の人の物語が面白かったのだろう。武士社会の念者と美少年の死を賭けた恋の物語には赤い血が華を添え、役者の栄枯盛衰の様は頂点の歓びとどん底の虚しさが描かれ、きっと当時の読み手はドキドキハラハラしながらそういった世界で生きる人々の人生の片鱗を仮想体験したのではと思う。


武士の念者と少年という組み合わせは、武家社会では当たり前のことだったようだ。男しか足を踏み入れられない戦場においては自然と男同士で情を掛け合うようになり、年上が年下(特に若く美しい少年)を護り、年下は年上に忠誠を誓った。それらは単なる色事情に留まらず、時にお互いのために命を賭ける義であり「衆道の契り」と呼ばれるものだった。現代の常識から見れば狂気の沙汰ではあるが、「一生一人」を貫くこと、それが「本物の恋」であり、共に死すことは永遠に一体であるための究極の関係性の選択だったのだろう。愛する人と永遠に一体となるというのは、人間の普遍的な願望ではなかろうか。


恋人を持たない美少年は夫のいない女と同じだと西鶴は言っている。決まった相手がいないといろんな輩が言い寄ってきて、美少年をめぐっての念者同士の命がけの争いが絶えなかったからだ(いつの時代も男も女も美しく生まれると何かと大変・・・^^;)。それは武士社会のみにあらず、禁欲であるはずの寺社会でも同様だったらしい。元々、男色は女人禁制が絶対だった寺社会で始まったといわれる。女性との恋は禁じられても同性ならよかろうと、まだ剃髪していない稚児(見習いの小坊主)、特に美しい少年達に密かな欲望の矛先を向けた。出家者といっても仏に心底仕えるために出家したのではなく、よく時代劇のドラマでもあるように帝や将軍の横腹の子が跡目争いに加われないようにするためとか、夫を亡くした妻が二夫にまみえないようにするため尼寺に送られるとか、他に行く所がないなど世俗的な事情によるものが多かっただろうから、禁欲なんてのはおそらく表向きだけで、その裏では世俗世間同様に色恋沙汰が繰り広げられていたとみえる。


最期は華々しく死ぬかうらぶれて寂しく死ぬか、とにかく物語の大半が死ぬことで終わる「男色大鑑」の中でワタシが最も好きになったお話は、若衆と呼ばれる美少年の人気役者の二人が、寺社会の裏側の騒動にも巻き込まれることのない田舎の小さな寺で出家して、ずっと仲睦まじく暮らしてめでたしめでたしというもの。役者の人気とは若く美しい盛りを過ぎると継続は難しい。多くの若衆役者達は命を削ってそれを維持しようと努めるが、主人公の少年はやがて薹が立ち人気が衰えていくだろう自分の行く末と、そんな役者社会の仕組み自体に虚しさを覚えて、人気絶頂の時にいきなり髪を下ろして寺に入る。その彼を追いかけて彼と契りを結んでいた同じ若衆の美少年役者も寺に入った。その彼らを追いかけてファンの少女が寺に押しかけ自殺未遂騒ぎまで引き起こすが、そんな騒動をよそに寺の中に引きこもり世間との接点を一切断ち、終生二人だけの世界を守り抜いた一貫した姿勢と、世俗の基準や誉を切り捨てた潔い彼ら二人の姿が(それが昔は出家という形でしか叶えられなかった(;_;))、ワタシのナルサスと重なって何とも安心したのだ 


あと、サブタイトルの「ひとつぶの涙」はKiroroの曲からお借りした ここでも歌詞の中に「二つ並んだ星」が出てくる(笑) アニナルのEDでもあったけど、並んで空に輝く星とは前述した普遍的な願望の象徴だと思う。「さよならを上手に言えない私は明日へ飛べない鳥」というフレーズが、鳴門が流す涙は一粒どころじゃ済まないんだけど、佐助に先立たれた後、呆然と彷徨う鳴門の気持ちそのままのようで切ない・・・


佐助は最期死んでしまうけど、それをきっかけにして残された鳴門が来世に願いを繋げ、過去の恋の続きを現代に転生してまで沿い遂げたいという強い想い、それほどに切望した恋、愛する相手と永遠に一体でありたいという普遍的な願望をテーマに「ぼく~」のシリーズを描いてきたつもりなので、ここではしばし悲しい結末となってしまうけれど、悲しいままでは終わらせないので(たぶん・・・)最後までお付き合いいただければ幸いです

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