ナルサス漫画「ぼくだけのきみ」過去世篇~ひとつぶの涙~その23

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★ようやく佐助を手元に戻して安堵する鳴門だったが、佐助の目がほとんど見えていない事に愕然とする・・・。

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(その24に続く)

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はあぁぁぁぁ~~・・・二人にいちゃいちゃさせるのが待ち遠しかったあとくろです、こんにちは(笑)


佐助が愛しくて愛しくていたたまれなくなって切なさMAXで とっとと佐助を押し倒すナル君を描きたかったぁぁぁ~(笑)キャーーーッッ 佐助の目のことは今は後回しにしてでも、あんたも我慢出来なかったのよね、鳴門っっフォーーッッ


厳しくて冷静なサスケは原作におまかせして、ワタシの漫画の中のサスケはほとんどが、ナルトの前ではツンデレで素直でしおらしくいじらしくなる設定デス・・・あぁ萌え・・・ にしても相変わらずいちゃいちゃシーンは時間かかる・・・萌えを追求しながら描くから大変だけど、やっぱ楽し~ 次回から佐助の回想シーンに入りマス 事件の全容を明らかにする予定・・・たぶんボソッ あぁ、佐助の色気をふんだんに描きたい・・・ブッ(→鼻血)(*´з`)ハウハウ


ここでのサスケが九尾の子孫というのは本編でも描いてるんだけど、もともと九尾は自然界のエネルギーが具現化したもので決まった性別がなく、陰陽のエネルギーのバランスを調整して男女どちらの肉体にも自由に変化できるとゆー設定なので、ある時は♂になり、ある時は♀になり、そうして人と交配した子孫が過去世篇の鳴門と佐助・・・とゆー設定デス 過去世篇でも本編でも二人は九尾と関わりはあるんだけど、二つの篇が理論的に繋がるよう細かい設定までしてしまうと、過去世篇の鳴門と佐助、本編のナルトとサスケの関係性に時間的・血統的な無理が生じて話の辻褄が合わせにくくなるし(江戸末期から近未来まで時間的な空間が150年余りしか無いことや、過去世篇の二人は子孫を残さない予定なので)、描いてるうちにワタシも細かいコト忘れる恐れがあるんで(^^;ナハ、二つの篇は繋がっているけど、これはこれ、それはそれといった別の物語として捉えていただければと思いマス


さて今週のアニボル・・・ナニコレ・・・ナンダコレ・・・スゴスギでしょっっ???(゚□゚;) うわ~またやってくださったわ~制作スタッフの皆様・・・感動しすぎて泣いた~・・・。゚(゚´Д`゚)゚。 サクラの戦闘シーンかっこいい~・・・って、これまでサクラが一人で闘うシーンの中で、一番かっこよかったよね そんでサスケの輪廻眼とのコンビネーションがね、ずっと離れていたのに息がぴったりでね、七班時代から行動を共にしていたこともあるだろうけど、やっぱりね、二人が一緒に旅をしていた時期にも敵と対峙した事があって、そうした危機を力を合わせて乗り越えてきたんだろうなと想像させてくれる(やっぱ観たいよね、アニメでね(笑)ボソッ) 素っ気なくて冷たかったサスケと夫婦になって共にうちはの家紋を背負っていける・・・想いが成就してサクラよかったねと素直に思う。それに何よりね・・・サスケがあんなに優しい表情で、しかも誰かを抱きしめたシーンなんて・・・これまでなかったよね?? 「子は鎹(かすがい)」そのものだよね っと、サラダには悪いケド・・・ついナルサス脳で変換して見てしまって・・・悶えた(笑)(^^;


EDの映像変わってたんだね~ 表情が見えなかったサスケとサクラの顔がはっきりして、二人の間で笑っているサラダ可愛い・・・って、あ、あれ?? ボルトカレンダー、9・10月はうちは一家の画なんだけど・・・サラダ編の話にぴったり合ってる?? 先月のナルトとボルト親子の話の時はうずまき一家の画だったし・・・アニメOAスケジュールに合わせてんのかな。カレンダーのサラダの表情もすっごくイイし、今回のOAの登場人物全員の表情が良かった サラダが可愛いって思うのは、やっぱサスケの娘だからかなぁ(笑) 「そういうところは俺に似たんだな」ってサスケの台詞とサラダを見る目がね、しっかりパパやってんなぁしゃーんなろ~~~だよね(笑) んでついでに??檜山サンの声を聴いてるうちに、サスケと飛影の競演シーンを妄想してしまった・・・(^^;


♪。゚o。(★・ω・)人(・ω・★)。o゚。♪。゚o。(★・ω・)人(・ω・★)。o゚。♪


以下、「薄桜鬼」の前回のつぶやき続き、作品の総合感想~(ご興味ある方のみどうぞ~)(=゚ω゚)ノ(注:スマホ版(第一作)、PSvita「随想録」「SSL」「真改(風の章・華の章)」「黎明録」シナリオをプレイ、アニメ全作、ドラマCDした上でのつぶやき(公開から年月が経過しているので堂々とネタバレしてマス) 基本NLでBL要素はありマセン


薄桜鬼にすっかりハマってこの場を借りてわーきゃー語ってきたケド、作品の世界観、全体的な感想を述べて今回でひとまず締めくくりたいと思いマス


第一作から7年目に「真改・風の章」が発売されたけど、旧作に比べてクオリティが断然アップしてて、よりドラマチックな出来栄えになった・・・いやマジでスゴイ BGMがね、またスゴイの! まるで大河ドラマのOPみたいな雰囲気でめっちゃカッコイイ~ ゲームという枠には収まらない、まるで映画音楽のレベルよね、こりゃ


主題歌・挿入歌もカッコよくて、なんだろね、今の若い世代の流行の曲よりずっとなじみやすくてカッコイイと感じるのは、なんとなく70~90年代風の昭和歌謡っぽい??雰囲気の曲だからかなぁ(^^; 日本人に好まれるコード進行ってのがあるらしくてね、どこか懐かしくて何度聴いても飽きなくて心地よくてね、好まれる曲ってたいていそれが含まれているらしいんだけど、たぶん薄桜鬼で用いられてるほとんどの曲にも組み込まれてんじゃないかと思う。しかも結構な曲数だよ~、シリーズはもちろん対応ゲーム機版ごとにもOP・EDが用意されててね、アニメはアニメで別の曲が用意されてるし、アニメ雪華録なんて全6話のEDがみんな違うし・・・制作側の曲を創る力量がスゴイと思う


最後に黎明録をプレイした。新選組が形成されるまでの組織とメンバー達の成長のプロセスを、主人公・井吹龍之介の視点から見たシナリオで、土方・沖田・斎藤・原田・平助・芹沢のルートがある(芹沢ルートに風間が含まれる)。他ルートでは、芹沢はただの無茶無謀を行う悪漢のように描かれているが、芹沢ルートで真実の彼の想いが描かれている。芹沢が徹底して鬼で居続けたのは、彼らに後を託すための試練の壁となり、自ら進んで悪役を演じることを選んだのであった。土方らは真改の中で、ようやくそんな芹沢の真意に気づいてゆく。


ところで龍之介の人物設定は、隊士メンバーとは真逆に設定されている。武士の息子でありながら武士を嫌い、剣術を嫌い、何かに真剣に打ち込むことを拒否し、自分の今の状況を周りのせいばかりにする。龍之介の父親は武士ではあったが早くに死に、病気の母親からそしりを受けて生きてきた。母親が死んだ後、故郷を去って旅をしている最中に追いはぎに遭い、行き倒れているところを江戸から京に向かう途中だった浪士組に拾われる。当時の局長だった芹沢鴨は彼を無理に下男にして暴力を振るい無茶を押し付ける。そんな状況が嫌だと文句を言う龍之介に、平助達は嫌なら逃げればいい、自分で何とかすればいいと助言するが、今の状況は自分のせいではない、早く死んだ父親のせい、自分を縛っていた母親のせい、無理難題を押し付ける芹沢のせいだと一向に自ら解決しようとしない。龍之介はある意味、生ぬるさの中で安穏としている現代人の象徴かもしれない。毎日を命がけの真剣勝負の中で生きる平助達がより際立つために。


真剣を腰に差して往来していた当時では、どんな事も文字通り命がけの真剣勝負だったのだろう。何度でもやり直せるバーチャルな世界観に慣れている現代人には、真剣勝負の本当の意味すら実感できないかもしれない。薄桜鬼の物語は函館戦争終結までだが、日本の史実では戊辰戦争が終結してもなお、今日に至るまでにはまだいくつもの戦争を越えなければならない。そうして手にした平和な現代から見れば、わずか150年程前までこの日本にはサムライと呼ばれた人々がいたこと、現代人と同じように悩み苦しみ葛藤していたこと、そして100年先の未来を思って維新を成し遂げた人々がいたことに、心のどこかで熱い真剣勝負を望んでいる現代人は強く惹きつけられるのかもしれない。


話は逸れたが、中途半端な自分にけじめをつけるべく、龍之介はどのルートでも最終的には自分の意志で生き方を決めていく。原田ルートでは舞妓の小鈴と駆け落ちまでする。江戸まで落ち延びて彼女とのささやかだが幸福な暮らしを手にするが、周りがどうであれ結果がどうであれ、自分で生き方を決めるという事は彼にとっては大きな一歩だったろう。龍之介が言い訳をする度に平助らは繰り返し問うている・・・「自分はどうしたいのか?」と。思いがけず、龍之介を通して外側から自分の姿を垣間見ているような感覚になり、このシナリオにも引き込まれてしまった。やはり薄桜鬼、ただのオトゲーではない。心の深い場所に隠したまま忘れてしまったものを思い出させ、取り戻させてくれる、そんな要素を含んでいる作品である。


薄桜鬼感想つぶやき、お付き合いくださってありがとうございました~

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